大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)3048号 判決 1981年4月30日

控訴人

梅本清志こと

成二学

右訴訟代理人

宮下勇

外二名

被控訴人

凸版印刷株式会社

右代表者

澤村嘉一

右訴訟代理人

播磨源二

大久保誠太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人(原審原告)は

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金七五二万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年一二月一七日から支払ずみに至るまで、年五分による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求めた。

被控訴人(原審被告)は控訴棄却の判決を求めた。

控訴人の請求原因は次のとおりである。

1  被控訴人は、控訴人を仮処分債務者として長野地方裁判所に仮処分を申請し、同裁判所は昭和五一年二月一七日付仮処分決定により、原判決別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。但し、(五)に「〆」とあるのを「メ」と訂正する。)のうち(一)ないし(四)(いずれも控訴人名義の所有権移転登記がある。)について、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を、同(五)(控訴人名義の所有権移転請求権仮登記がある。)について、仮登記上の権利の譲渡その他一切の処分を、それぞれ禁止する旨を決定(以下本件仮処分という。)し、長野地方法務局に対する嘱託により、その旨の登記を終えた。

2  しかし、右仮処分決定は、被控訴人の被保全権利の不存在を看過して発せられたものであり、被控訴人は権利不存在を知りながら仮処分を申請したのであるから、その行為は有責かつ違法である。

3  控訴人は、右仮処分決定の日より早い同年同月一五日本件土地を新井孝一に売却し、手附金七、五二三、〇〇〇円を受取つたが、右決定が発せられ登記が経由されたため、控訴人の違約とみなされて売買契約を合意解約し、同年三月二〇日同人に右手附金を返戻したほか、手附金倍返しの約束に従つて同月二八日更に金七、五二三、〇〇〇円を同人に支払つた。

4  よつて被控訴人に対し、控訴人が蒙つた損害七、五二三、〇〇〇円の賠償と、これに対する同年一二月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで、年五分による遅延損害金の支払を求める。

被控訴人は答弁として、請求原因1の事実は認める。2は否認する。3は不知と述べた。<以下、事実省略>

理由

請求原因1の事実は争いがない。

同3の事実は、<証拠>によつて、これを認めることができる。但し、二回目の金七、五二三、〇〇〇円の支払は、内金三五〇万円のみが現金で支払われ、その余は新井孝一の控訴人に対する手形金債務約四二〇万円と相殺されたことも、右各証拠から明らかである。

控訴人は、被控訴人の本件仮処分申請が違法であると主張するので、以下検討する。

(1)後記証拠によれば、被控訴人による本件仮処分の申請理由は、次のとおりであることが認められる。すなわち、<証拠>によれば、右申請理由は、(a)本件土地は中野良三の所有であつたが、同人は昭和五〇年一二月中これを有限会社丸栄仏具店に売却し、代金の半額二、〇〇〇万円を受取つた。被控訴人は同年同月二七日現在で、右会社に商品代金債権一、四一六万円を有していたところ、右会社はその支払をしないまま昭和五一年一月下旬倒産した。ところが、本件土地(一)ないし(四)の所有名義人は、右会社ではなく控訴人になつており、同(五)については控訴人名義の仮登記があるので、被控訴人は被控訴人の右会社に対する前記債権を保全するため、右会社に代位して、右会社が控訴人に対して有する本件土地(一)ないし(四)についての所有権移転登記又は抹消登記請求権、同(五)についての仮登記抹消登記請求権を行使するが、その保全のため本件土地の処分禁止等の仮処分を求める。(b)仮りに、控訴人が中野との間で本件土地について譲渡担保契約を締結し、所有権移転登記等を経由したのであつても、両者間の債権債務が清算未了の間は、中野は債務を弁済して本件土地(一)ないし(四)の所有権を再取得し、又同(五)の仮登記上の権利を消滅させる余地があるから、中野は控訴人に対して移転登記又は抹消登記請求権を失わず、又有限会社丸栄仏具店は中野に対して所有権移転登記請求権を有するので、被控訴人は右会社と中野の各登記請求権を順次代位行使し、右請求権保全のため本件土地の処分禁止等の仮処分を求めるというにあることが認められる。(但し、(b)は本件仮処分申請以後に被控訴人が法律構成したものである。)

(2)次に、本件仮処分申請時までに被控訴人関係者が了知あるいは経験していた事実は、おおむね次のようなものであつたことが認められる。すなわち、<証拠>によれば、被控訴人は有限会社丸栄令具店に対し、昭和五〇年一一月一八日及び同年一二月二七日に売渡した商品代金債権金一、四一六万円を有し、右会社はその支払のために満期を昭和五一年二月二七日及び同年三月二七日とする約束手形各一通を振出して、被控訴人に交付していたが、同年一月下旬別の手形の支払ができなくて倒産した。被控訴人の経理部経理課長柳沢洋一は直ちに右会社代表者村松栄と交渉して、右会社(又は村松)所有地に抵当権の設定を受けたが、先順位抵当権者があるため上記債権の担保になりえないおそれがあつた。そこで柳沢は同年二月六日頃再度村松に会い、交渉したところ、同人は不動産鑑定評価書(乙第四号証)を柳沢に示し、右会社は中野良三から本件土地を四、〇〇〇万円で購入して内金二、〇〇〇万円を支払つてあるので、残金を被控訴人が中野に支払つてくれれば、この土地は被控訴人の所有になるであろうと説明した。同年同月一一日頃被控訴人経理部長村島哲夫が部下を連れて中野を訪れ、本件土地の所有権の帰属に関する経緯を聞いたところ、同人は、同人が控訴人になお八〇〇万円の債務を残しているが、控訴人の印顆と委任状を預つていると説明し、地積測量図を見せた。被控訴人関係者は中野の話から、本件土地の所有権は中野にあるようにも、又控訴人にあるようにも思つたが、先に入手した乙第四号証には、「本件土地の登記簿上の所有者は成二学(控訴人)であるが、同人を訪問して調査したところ、実際の所有者は中野良三で、同人が成二学の委任状、印鑑証明書、本件土地の権利証を所持していることが確認された」旨の記載があるので、中野が所有権者であるとの考えに傾いた。右のように認められる。

(3)本件土地が控訴人名義に登記又は仮登記された経緯は、次のとおりであることが認められる。すなわち、<証拠>によれば、控訴人と中野良三は昭和四八年一〇月一六日付の契約を結び、控訴人が中野に対して有する貸金その他の債権を担保するため、中野が本件土地を譲渡担保に供するが、右債権の弁済期である昭和四九年一〇月三〇日に完済できないときは、中野は控訴人の指示によつて本件土地を売却し、その代金を弁済に充て、なお剰余金が出れば中野がこれを取得することを約定し、本件土地(一)、(二)、(四)について昭和四八年一〇月一六日、(三)について昭和四九年七月一二日(原因は同月一一日契約)各登記、(五)について同年一月一四日(原因は昭和四八年一〇月一〇日契約)仮登記を、それぞれ経由したこと及び中野が控訴人から借用し、又は主債務者のために連帯保証した金額は、借用証の記載によれば昭和四八年一〇月から昭和四九年八月までの間に、金二、〇〇〇万円を上回る額に達していることが認められる。

(4)さらに、その後の経緯については、<証拠>によると、次のように認められる。すなわち、中野は控訴人の了解をえて本件土地を昭和五〇年一一月頃有限会社丸栄仏具店に代金二、一七二万円で売却し、内金二、〇〇〇万円の支払のための約束手形の交付を受けた。しかし、上記のように右会社は右手形の満期到来前倒産し、中野は被控訴人経理部長村島哲夫の訪問を受けるに至つた。そこで中野は右会社との売買契約を解約したこととし、直ちに控訴人に本件土地の転売を依頼して、控訴人が上記のようにこれを新井孝一に売却したが、村島が中野と会つた日と新井が控訴人から土地を買受けた日とは、僅か五日程の隔りがあるに過ぎない。右のように認められる。

(5)よつて考えるに、(2)に記述した被控訴人関係者の経験事実を根拠にすれば、被控訴人が有限会社丸栄仏具店に対する商品代金債権を基礎に、(1)のような債権者代位の法律構成をして本件仮処分を申請したことは、債権者の権利保全行為として是認されるものであつて、控訴人の指摘する被保全権利欠缺は被控訴人の主観に関する限り認めることができない。ただ、(3)の事実及び(4)のうち控訴人と新井間に本件土地の売買があつた事実によれば、中野が控訴人に対して無条件で移転登記又は抹消登記請求権を行使することはできないと思われるから、被控訴人の被保全権利の存在はかなり疑わしくなるが、これらの事実を、被控訴人が仮処分申請時に知つていたことを証明する証拠はないし、知らなかつたことを過失と断定すべき根拠も見出しがたい。むしろ控訴人は、被控訴人が本件土地の権利関係に何らかの介入をすることを予知して、急拠新井と売買契約を結んだのではないかと思われるので、被控訴人がこれを知りえなかつたのは無理からぬことであり、同時に保全の必要も肯定されることになろう。そうすると、被控訴人の本件仮処分申請については、被控訴人が被保全権利として主張する債権者代位権の根拠が薄弱もしくは欠落していて、被控訴人がなお一そう調査すればそのことが判明する筈であつたとしても、これを看過して仮処分申請をしたことに被控訴人の過失を認めることはできないのであるから、右仮処分申請行為を有責かつ違法とする控訴人の主張は、失当といわなければならない。

のみならず、先に認定した請求原因3の事実のうち、本件仮処分申請時に終了していた控訴人と新井間の手附金倍返し特約を含む本件土地売買契約及び手附金授受の事実を、被控訴人が右申請時に承知していたことを認めるに足る証拠はないので、本件仮処分の執行により控訴人が手附金七五二万余円の倍返しという損害を蒙るであろうことは、被控訴人の予見可能事実の範囲外とみるほかはない。従つて、この点からも控訴人の損害賠償請求は理由がない。

以上説示したように、控訴人の本訴請求は失当というべきであるから、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よつて控訴を棄却することとし、控訴費用を負担について民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(吉江清景 手代木進 上杉晴一郎)

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